競技合気道創成期師範の略歴

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富木 謙治

1900年秋田県に生まれ、6歳頃から木刀の素振り、10歳頃から柔道を始める。

1924年東京柔道学生連盟幹事として講道館師範・嘉納治五郎の謦咳に接し、その教育・武道思想に多大の影響を受ける。1926年大東流合気柔術の植芝盛平と出会い、生涯にわたる合気道修業が始まる。1931年秋田県立角館中学校に公民科教師として赴任し、柔道嘱託を務めていた大庭英雄と出会う。

1940年植芝翁から合気道界初の八段を允可される。1949年早稲田大学体育部非常勤講師、講道館常任幹事就任。1951年早稲田大学専任講師、1954年同大学教授、体育局教務主任となる。

1974年日本合気道協会を設立、初代会長となる。嘉納師範以来の課題であった柔道における離隔態勢の技の基礎理論と指導法を初めて体系化した。

1979年没。

大庭 英雄

1911年秋田県に生まれる。1925年秋田県立角館中学校に第一期生として入学。五年間柔道部で活躍。

1930年同中学校卒業。柔道の実力を見込まれ、同中学校柔道嘱託として指導に当たる。1931年角館中学校に富木謙治が公民科教師として赴任。兵役を経て、1935年講道館5段。1949年講道館6段。1951年秋田県警察柔道担当の術科係長及び警察学校師範。

1960年早稲田大学体育局講師、合気道部師範就任。富木教授の求めに応じての単身上京であった。1978年日本合気道協会初めての9段を允可され、1979年富木謙治師の跡を継いで日本合気道協会第二代会長に就任。

1960年以降、早稲田大学、国士舘大学、警察大学校などの講師を歴任。1970年以降台湾、英国、欧州等で海外指導し、国際的普及に励む。合気道9段、柔道6段、剣道4段、薙刀3段他多種武道を研究修行する。

1986年没。

『富木謙治生誕百年記念誌』及び『大庭英雄先生 生誕百年記念誌』(共に特定非営利活動法人日本合気道協会発行)記載の両師範略歴より抜粋

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